はじめに
相続が発生した際、相続人の中に知的障害や精神障害、あるいは認知症を患っている方がいる場合、一般的な相続とは異なるさまざまな問題に直面します。遺産分割協議には「意思能力」や「判断能力」が必要となるため、これらの能力が不十分であると判断された場合、有効な協議を行うことができず無効となってしまいます。 そのような状況を回避するため、あるいは「とりあえず平等に分けておこう」という考えから、法定相続分通りに遺産を分割し、実家の不動産などを兄弟で「共有名義」にするケースがあります。しかし、実はこの「不動産の共有」には、後々ご家族を苦しめる大きな落とし穴が潜んでいます。本記事では、なぜ障害のある方と不動産を共有してはいけないのか、その理由と取るべき対策について解説します。
不動産共有の落とし穴:処分ができなくなるリスク
例えば、親が亡くなり、相続人が長男(重度の知的障害あり)と次男の2人だったとします。なんとか成年後見人をつけずに相続を終えようと、実家の不動産を長男と次男の共有名義(持ち分2分の1ずつ)にしました(法定相続登記は相続人の一人から申請することが可能です)。 しばらくは次男が長男の面倒を見て一緒に暮らしていましたが、数年後、次男が転勤になり、長男の面倒を見続けることが難しくなりました。そこで、次男は長男を障害者支援施設に入所させ、長男の財産管理のために家庭裁判所に申し立てて成年後見人をつける決断をしました。 ここからが問題です。次男は誰も住まなくなった実家の不動産を売却しようと考えました。しかし、不動産は長男との共有名義です。次男が自分の判断だけで勝手に不動産を売却することはできません。 長男に成年後見人がついた以上、長男の財産(不動産の持ち分)は成年後見人が厳格に管理することになります。成年後見人は本人の財産を保護する義務があるため、本人の利益に直結しない不動産の売却には簡単には応じません。結果として、不動産は売却も活用もできず、事実上「凍結」された状態に陥ってしまうのです。
財産の活用不能と国庫への帰属リスク
意思能力のない方に不動産や多額の現金を直接残しても、ご自身で運用や売却をすることはできません。せっかく本人のためにと残した財産であっても、成年後見人がついた途端、柔軟な利用はできなくなってしまいます。 さらに深刻なのが、「財産が国庫に帰属する」という問題です。例えば、先ほどの例で次男が先に亡くなってしまった場合、次男に配偶者や子どもがいなければ、長男の面倒を見る家族がいなくなります。長男は障害年金や福祉サービスを利用して生活し、財産をほとんど減らすことなく生涯を終えるかもしれません。 しかし、長男が亡くなった際、他に法定相続人(孫や兄弟姉妹の子供など)がいなければ、長男の残した財産(共有していた不動産の持ち分や預貯金など)は、最終的に国のもの(国庫に帰属)となってしまいます。生前、次男が献身的に長男の面倒を見ていたとしても、次男の妻(長男から見て義理の妹)などには相続権がないため、財産を受け継ぐことは非常に困難であり、赤の他人である国に没収されてしまうという不条理な状況が起こり得ます。
成年後見制度の性質を理解する
そもそも成年後見制度は、「本人の保護」を第一の目的として作られた強力な制度です。そのため、本人の財産が減るような行為や、イレギュラーな支出は厳しく制限されます。家族全体の利益よりも、本人の財産確保(法定相続分相当の確保)が優先されるため、健常な兄弟が不便を強いられたり、残された家族の生活が行き詰まったりするケースも少なくありません。 「障害があるからとりあえず成年後見人をつける」「平等に法定相続分で分ける」という一律の判断は、かえって家族を苦しめる結果を招く危険性があるのです。
取るべき対策:「遺言」による事前の準備
それでは、障害のある子を残して亡くなる親は、どのような対策を取ればよいのでしょうか。最も有効で強力な手段は「遺言書の作成」です。 親が元気なうちに、「不動産や現金の多くは健常な子(次男)に相続させる」といった内容の遺言を作成しておくことで、遺産分割協議自体を回避し、成年後見人をつけずに相続手続きを進められる可能性が高まります。 「それでは障害のある子がかわいそうだ」と思われるかもしれません。しかし、重要なのは「本人の名義で財産を持たせること」ではなく、「本人の生活を支援するためのお金を、信頼できる家族に託しておくこと」です。 例えば、不動産や十分な預貯金を健常な兄弟に相続させ、その財産を使って障害のある兄弟の生活費や施設費用をサポートしていく形をとれば、財産が凍結されるリスクを防ぎつつ、本人の生活を守ることができます。 ※なお、相続税の「障害者控除」の適用を受けるためには、障害者本人の相続分をゼロにしてしまうと適用できなくなるため、少額の現金を相続させるといった細かな調整が必要です。
まとめ
障害のある方と不動産を共有することは、将来的な売却・処分の困難さ、成年後見制度の介入による財産凍結、そして最終的な国庫帰属のリスクなど、多くのデメリットを抱えています。 「親なきあと」に残された子どもたちが全員安心して暮らしていくためには、「とりあえず共有にしておく」という安易な選択を避け、家族の状況や本人の将来の生活環境を見据えた上で、専門家の力も借りながら早期に「遺言」などの対策を講じておくことが不可欠です。ご家族が平穏な生活を続けられるよう、元気なうちから正しい知識を持ち、準備を進めていきましょう。
※当社では障害のある方に特化した専門家と連携しており、障害のある方とそのご家族のサポート体制も充実しております。お困りの際はぜひ一度ご相談ください。

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